歴史上の人物が今経営者だったら何をするのか?|徳川家康編

今回は徳川家康様を取材してきました。なぜ260年も続く江戸幕府を作ることができたのか、その秘密に迫ります。そしてその経験から、徳川家康が今の時代になにをするのか。その理由までしっかりと聞いてきました。

社外取締役

山下大輔
徳川家康様、本日はよろしくお願い致します。
徳川家康
はい、よろしく。その前に、遅刻してしまったことを詫びる。
徳川家康様は本日の朝、ご到着されました。取材は東京の恵比寿ガーデンプレイスのスターバックスで行いました。
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山下大輔
いえいえ、とんでもないです。遠いところありがとうございます。
徳川家康
今日は非常に楽しみだよ。
山下大輔
ありがとうございます。ではさっそくですが今日のテーマです。

「歴史上の人物が今もし経営者だったらなにをする」というものです。

徳川家康様、もし今の時代に生きたらどんなことをされますか?

徳川家康
わしは「社外取締役」をする。
山下大輔
え?社外取締役ですか?事業はされないんですか?
徳川家康
事業大変だからね。
山下大輔
え・・・(徳川家康の口から大変だからやらない・・・)

徳川家康の名言1

重荷が人をつくるのじゃぞ。身軽足軽では人は出来ぬ

山下大輔
こんな名言を残してる方が大変だからという理由ですか?
徳川家康
そうだ。
山下大輔
よくわからないです。
徳川家康
まぁ、真意はこうじゃ。
山下大輔
(真意があるのかよ!さすが、たぬき親父!)

幕府と政府の違い

徳川家康
わしの時代は戦国時代じゃったからルールはなにもなくての、勝ったものがルールじゃった。

だから、わしは幕府を作ることができた。

戦国時代のような時代なら、わしも0からやれる。しかし、今の時代はルールや規制がありすぎる。そして複雑すぎてようわからん。専門家でもわからないことも多いような状況じゃろ。そんな中で事業をやるのはわしには難しい。

それに、わしはそもそも起業家タイプの人間ではない、起業家は織田信長のような人間じゃ。

山下大輔
なるほど、たしかにルールや規制多いですよね。なんでこんなにルールや規制が多いんでしょうか?
徳川家康
政府があるからじゃ。わしらの時は幕府じゃった、今は政府じゃろ。
山下大輔
何が違うんですか?
徳川家康
全然違うぞ。幕府は武士がルールを作っておった。しかし政府は法律を元に考えるわけじゃ。だから基本的に規制やルールが多くなる。法律を守るためじゃ。

幕府と政府の違い

「政府」・・「内閣」(各省庁)を中心に政治を行なう所
「幕府」・・「武士」が政治を行なう所

・内閣(政府)は、国会で決めた事(法律)に従って仕事をします。また、国会で決めた事や内閣がしている仕事が、法律に違反していないか見守る所を「裁判所」といい、この「国会」「内閣」「裁判所」の三つはお互いに関わりを持ちながらも、それぞれ「独立」した組織となります。

・「幕府」は、この三つの事を「幕府」の中の組織(しくみ)の中でやっていました。武士が決まりを作くり、その決まりで人々を支配する。違反すれば武士が取り締まるというものでした。 

徳川家康
もし今、わしが会社を作ったら超絶ブラック企業にしかならんわ。
山下大輔
それ、おもしろそうですね笑
徳川家康
法律違反じゃ!
山下大輔
失礼しました。
徳川家康
わしが社長をしたら、超絶ブラック企業なのに優秀な人材が集まるぞ。
山下大輔
たしかに、家康様が社長なら優秀な人材集まりそうですね。

そうなると社会に対して影響力のある会社に成長する、しかしそれが法律違反だらけの会社だったらたしかに政府は困る。こういうことですね!

徳川家康
そういうことじゃ。
山下大輔
だから社長ではなく、社外取締役を?
徳川家康
そうじゃな。理由は他にもあるぞなにより政府は社外取締役を必要としとる。だからわしがやる。
山下大輔
政府が社外取締役をですか?
徳川家康
政府は2015年から上場企業には2名以上の社外取締役を選任することを促しとるじゃろ

知らんのか?

山下大輔
すみません・・・勉強不足です。

社外取締役に関する記事

President ONLINE

2015年5月18日(月)

金融庁と東京証券取引所は、「独立性が高い社外取締役2人以上の選任」を上場企業に促す指針を示しました。東証1部、2部の上場企業については、2015年6月1日から適用。今後、3000人の社外取締役の需要。

山下大輔
社外取締役は今後3000人の需要があるんですね、知らなかったです。
徳川家康
そうじゃ、お前さんとこの会社の社外取締役にもわしがなってやろうか?
山下大輔
いえ・・・(めんどくさそう。)
徳川家康
今、めんどくさそうと思ったな。
山下大輔
(ばれてる。)
徳川家康
だからこそ、必要なんじゃ。
山下大輔
え?

社外取締役の必要性

徳川家康
社外取締役の業務内容は多岐にわたる。会社の不正がないかを取り締まるようなイメージじゃがそれだけじゃない。

第三者が客観的に意見することで会社をしっかりと経営させていくことが目的じゃ。株主にしっかりと利益をお返しし、従業員に給与を支払い、社会に貢献できる会社を経営させていくことが仕事じゃ。

山下大輔
なぜ取締役ではなく、社外なんですか?
徳川家康
第三者というのが重要なんじゃ。とくにお前さんたちの今の時代には必要じゃな。上場企業でなくとも必要じゃろうな。
山下大輔
それはなぜですか?
徳川家康
社会が複雑だからじゃ。社長がいくらすごい人間といっても所詮は人間じゃ。間違うこともあれば、知らないこともある。

そして今の時代は超スピード社会でもある。社長が知らないから、気に入らないからなどの個人的な感情を中心に物事を判断したり遅らせたりしていては会社は生きていけない。

山下大輔
なるほどです。
徳川家康
お前さんは、さっきわしが社外取締役になるのをめんどくさいと思ったな。
山下大輔
はい・・・
徳川家康
そこに本質がある。わしの言ってることわかるな?
山下大輔
今ならよくわかります。

人の意見を聞けということですね!社員ばかりだとなかなか聞けなくなる。そんな時に家康様みたいな社外取締役がいてくれたら聞かざるえないです!

徳川家康
そういうことじゃ。トップにとって最も大事なものは自分を勇めてくれるものを持つことじゃ。

徳川家康の名言2

いさめてくれる部下は、一番槍をする勇士より値打ちがある。

話を聞くことの大事さ

山下大輔
わかっててもなかなか人の話聞けないですよね。ましてや部下となると・・・
徳川家康
そうじゃろ、だからこそ聞くのじゃ。
山下大輔
家康様はなぜ、そんなに人の話が聞けるんですか?
徳川家康
そんなことはないぞ。若い頃はわしも人の話が聞けんかった。それでたくさん痛い目におうたわ。

若い時はなんでもできる、自分は間違ってない、自分は強いとイキがっていたのじゃ。

山下大輔
家康様にもそんな時があったのですね。

1573年、徳川家康・織田信長軍と武田信玄軍がぶつかった『三方原の戦い』。

徳川軍は大敗し、徳川家康は武田軍の強さに恐怖のあまり糞を漏らしながら浜松城に逃げ帰ったと言われています。そして、徳川家康はその屈辱を忘れまいとその時の自身の肖像画を書かせたと言われています。

それがこちらの肖像画です。

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徳川家康
そうじゃ、痛い目にあってきたからこそ徳川家康になれたのじゃ。しかし、どれだけ痛い目にあい成長して、年をとっても話を聞くということは簡単ではない。逆に話のおちがわかってしもうたり、経験から結末がわかってしまうわけじゃからな。しかしじゃ、どんな話も聞かんといかんのじゃ。

山下大輔
それ難しいですね。たしかに家康様の名言には人の話を聞けというのが多くありますね。

徳川家康
そうじゃ、わし自身なかなかできなかったからこそ、自分自身に言い聞かせておったのじゃ。

徳川家康の名言3

およそ人の上に立って下のいさめを聞かざる者の、国を失い、家を破らざるは、古今とも、これなし。

徳川家康の名言4

愚かなことを言う者があっても、最後まで聴いてやらねばならない。でなければ、聴くに値することを言う者までもが、発言をしなくなる。

山下大輔
そうだったんですね。意外でした。もともと聞き上手なんだと思っていました。

江戸幕府はなぜ260年も続いたのか

山下大輔
では最後に、これは聞いておかなければいけないという質問をさせてください。

なぜ江戸幕府という歴史上類をみない260年も続く幕府を作ることができたのですか?

徳川家康
わしは、死んだ後のことは知らん。
山下大輔
またタヌキ発言ですか。
徳川家康
真意を話そう。
山下大輔
(タヌキ発言いるのかな笑)
徳川家康
しかし、本当にわしは自分の死んだ後のことは知らん。みなが優秀じゃったからじゃろ。しかし、もしわしが何かを残せていたとすれば、「人間」じゃ。わしは家臣の教育にはとことん力をいれていた。

そして、なによりわし自身も自分を磨き続けた。自分自身を磨くという文化が徳川家に広まったのかもしれんのぉ。そしてそれが流行して戦するより、自分を高めることの方がかっこいいと武士が考えたのかもしれん。

徳川家康

剣術、砲術、弓術、馬術、水術等の武術について一流の域に達していた、武術の達人である。

家康の愛読書は、『論語』『中庸』『史記』『漢書』『六韜』『三略』『貞観政要』『延喜式』『吾妻鏡』などの書物だと伝えられている。

また、鷹狩り、薬づくり、猿楽(現在の名称は能)、囲碁、将棋、香道など非常に多趣味である。

南蛮胴、南蛮時計など新しい物好きだった。

家康は、中国の人物として劉邦、太宗、魏微、張良、韓信、太公望、文王、武王、周公を尊敬している。

健康オタクであった家康は健康に関する指向が強く、当時としては長寿の75歳(満73歳4ヵ月)まで生きた。

山下大輔
すごいですね!家康様なんでもできるじゃないですか!これだけ幅広い知識をもっていながら、武術までできたらそら尊敬されますね。なにより憧れます。

なるほど、多くの武士が徳川家康に憧れて自分磨きに走った。それが武士の中で流行った、戦なんてダサい。武士はそう考えるようになった。なんか今の時代みたいですね。

徳川家康
もしそうじゃとしたら、わしって結構かっこええじゃないか。
山下大輔
いや、きっとそうですよ!江戸幕府が続いた理由がまさか、徳川家康が作った自分磨きブームだったとは驚きです!
徳川家康
(この流れええんか笑 まぁええか。)
山下大輔
いやー、今日は歴史的取材になりました。世界の研究者達の謎が解き明かされましたよ!
徳川家康
(・・・)
山下大輔
徳川家康様のような幅の広い知識とあらゆる経験をお持ちの方が社外取締役として会社にいることの必要性が理解できました。

ぜひ、僕の会社の社外取締役になってください!

徳川家康
ええぞ。
山下大輔
ありがとうございます!よろしくお願いします!
徳川家康
ギャラはいくらだせる?
山下大輔
え・・・(さすがケチで有名な徳川家康、そこは抜かりがない。)

徳川家康には家康の吝嗇(けち・りんしょく)にまつわる逸話は多い。

新しい服をあまり買わず、洗濯して使っていたため、洗濯させられる侍女から新しい服を着てほしいと苦情が出たとき、天下のため倹約するのだと逆に説教した。

まとめ

徳川家康は自分自身にすごく厳しい人間だった。律儀で勤勉。そして誰よりも忍耐強かった。徳川家康は結果的に天下一となり、江戸幕府まで創るという偉業を成し遂げたわけですが、その秘訣は徳川家康は誰よりも自分自身と向き合った人間だったからだと私は考えています。戦国時代の有名な武将達とどこか違う徳川家康。それは「欲」なような気がしています。徳川家康の数々の名言で私が最も好きな名言があります。

人生に大切なことは、五文字で言えば「上を見るな」七文字で言えば「身のほどを知れ」

この言葉に徳川家康という人物の本質があるように思います。徳川家康は常に自分を磨き続け、背伸びをしたり上を見るのではなく、目の前のことだけに集中していたのではないでしょうか。織田信長につき、豊臣秀吉につき、最後は天皇により征夷大将軍に任命された。振り返ってみれば徳川家康は常に与えられたポジションでベストを尽くしてきたように思います。

もう一つこの言葉をご紹介します。

平氏を亡ぼす者は平氏なり。鎌倉を亡ぼす者は鎌倉なり。

徳川家康は他人ではなく自分自身と戦い続けたからこそ、滅びなかった。そして気づいたら勝手に周りがいなくなっていったため、出番がきた。誰よりも長く生きた徳川家康は結果的に頂点まで上り詰めた。もちろん、長く生きるための努力も惜しみませんでした。徳川家康は待つ人間というイメージがありますが、待っているのではなくただただ今の自分に集中していただけだったのではないでしょうか。

ABOUTこの記事をかいた人

株式会社アプリクッキング代表取締役社長。 アプリクッキングはアプリ屋さんではありません。アプリを使ってクライアント様と、より良い未来を一緒に創造していくことを目指しています。経営、マーケティングという観点からの記事を主に書いていこうと思います。